どんな話からそんな話題になったのかは覚えていない。

ただ、好みについて話していたように思う。

誰々は誰みたいな人がいいらしいとか、そんな話を無邪気にしている幼馴染。

煩く高鳴る心臓を悟られないように、懸命に普通を装って

涼はどうなのかと尋ねてみると、彼ははにかむように笑って言った。

 

「えっと……彼氏にするなら雨宮先輩、結婚するならセボン、かな」

 

ぐらりと視界が暗転した気がした。

 

 

冬の朝

 

 

「れん!蓮!れーーん!起きて!遅刻しちゃうよっ!」

 

がっくがっくと揺らされて、目を開くとそこには先ほど信じがたい返答をしていた涼がいる。

その刹那、先ほどのやり取りが夢、否、悪夢だったことを知って、蓮はこっそりと安堵の息を漏らした。

 

「まだ大丈夫だろ・・・」

 

目覚ましはまだなっていないはずと思っていると、傍らの涼が大きく溜息をついた。

 

「もう、自分で安請け合いしたのに忘れちゃったの?今日は俺達、日直なんだよ!」

「・・・ぁ?」

 

呆れた顔で言われて、昨日の記憶を辿る。

そういえば最後の授業が終わり、心地よい眠りから覚めようという時に、誰かに話しかけられたような・・・。

そう、いけ好かない奴の声を聞いたような・・・・・・。

 

「・・・委員長?」

「そうだよ。日直を代わってもいいって、蓮が言ったんだろ?」

 

蓮の制服を用意しながら、涼が頷く。

そう言われてみれば、半分夢の中にいる時に、誰かに何か言われて

「あぁ」とか「うぅ」とか言ったような気がしないでもない。

あれはそんな頼みだったのかと今更ながら思っていると、涼に勢いよく背中を叩かれた。

 

「ほら、納得したなら起きて起きて!顔洗ったら、着替えて!靴下は椅子に乗せてあるからね」

 

朝ご飯用意してくる!と部屋を出て行く涼の背中を見ながら、蓮はようやく体を起こした。

時計を見ると普段ならば全く焦らなくていい時間だが、日直となればギリギリセーフ・・・といったところか。

それだって要領よく仕事のできる涼が一緒だからセーフなのであって、自分だけなら余裕でアウトだ。

のっそりとベッドから降りると、部屋はほんのりと暖かかった。

気のきく幼馴染がエアコンを入れていってくれたらしい。口元を緩めて冷えた廊下に出ると、洗面所に向かう。

歯を磨き、顔を洗いながら、何故自分が日直などという破目に陥ったのかをつらつらと考え、ある一点に思い至った。

 

 

「彼氏にするなら氷川君、結婚するなら神原君、かな」

 

そう言い出したのは、クラスの・・・名前は忘れたが、委員長が熱を上げている女子だったと思う。

たわいもない世間話だと思ったが、それから委員長に厭味を言われる回数が増えて(涼に言わないのは言う理由がないからだろう)挙句が今回のことだ。

寝惚けていた自分もどうかとは思うが、そこに付け込むのは卑怯というものだろう。

しかも夢見が最悪だった。はにかむ涼の顔が見れたのは良かったにしても、あの返答はない。

とはいえ「彼氏にするなら慎、結婚するなら藤木先輩、かな」等と答えられたら、変にリアリティがある分、夢とわかっていても暫く引き摺りそうだ。

冷たい水をばしゃばしゃと顔にかけ、タオルで拭って目を開けると、鏡には情けない顔の自分が映っていた。

 

 

用意されていた制服に着替えリビングに下りると、涼が蓮の母の用意した塩鮭の朝食をおにぎりに仕立てているところだった。

どうやら朝ごはんをここで食べる時間はないらしい。

 

「味噌汁は持っていけないから、ここで飲んじゃって!」

 

蓮の姿を見るやすかさず飛んできた声に逆らわず、テーブルの上の少し冷めた味噌汁をぐぐっと飲み干す。

その間にもおにぎりはラップに包まれて、蓮の薄っぺらい鞄に収められる。

そんな様子をすぐ横で母親がにまにまと何か言いたげに見ていたので、なんだよ?と視線で問うと

「涼ちゃんって、いいお嫁さんになるわよね」等ととんでもないことを耳に吹き込まれた。

思わず咽た蓮の背中を撫でながら、母親はころころと愉しそうに笑っている。

何も聞こえていない涼は「大丈夫?」と心配そうにこちらを見ながら、朝ごはんの卵焼きをタッパーに詰めていた。

 

 

用意ができて外に出る。暖かい部屋の中に比べ、外はコートやマフラーを着用していても相当な寒さだ。

自然と背が丸まる蓮に、涼が真っ白な息を吐き出しながら恐ろしいことを言い出した。

 

「さ、蓮、『マッハ君5号』の出番だよ!」

「はぁ?……勘弁しろよ……」

「俺だって乗りたくはないよ?だけどもう他に手がないんだよ」

 

早く、と急かされて蓮は仕方なく庭の奥から自分の自転車を担ぎ出してきた。

見た目は少しゴツいが自転車といって差し支えはないだろう・・・某先輩に改造されてさえいなければ。

サドルにまたがりハンドルを握ると、涼が後ろに座り腰にぎゅっと片手を回してくる。

普段ならややドキドキしてしまうようなシチュエーションだったが、今の蓮にそんな余裕はない。

 

「い、いくよ・・・?」

「・・・お、おう」

 

二人の声が緊張に上擦っているのにはわけがある。

涼が空いている片手で後輪をロックしているリング状の金属に鍵を差し入れると、爆音が辺りに響き渡った。

涼が両手で自分に掴まったのを確認すると、蓮はしっかりと握っていたブレーキから手を離す。

途端自転車(だったもの)はペダルを漕ぎもしないのに猛スピードで早朝の町を走り出した。

冷えた空気が剥き出しの顔を切るように通り過ぎていく。

轟音を放って通り過ぎる道沿いの家にいる犬達が一斉に吠え立てて近所は騒然としてきたが、自分達にはどうすることもできない。

それよりも事故らないことに必死だ。カーブで体にかかるGたるや凄まじい。

涼を乗せて事故るなど蓮としては絶対に避けたかったし、涼も涼とて手を離せば大怪我は免れない。

近所を混乱の渦に巻き込みながらとてつもなく早く学校に着いた二人は、改造自転車を部室に担ぎ上げた後で、無事に日直の仕事を全うした。

 

担任に報告を終え、部室で朝食をとり、教室に戻る途中、階段に見慣れた人を見つけた。占研の貢だ。

関わると朝から疲れそうだったので、スルーしようと決めた矢先、向こうから話しかけてきた。

否、話しかけてきたというよりは一方的に宣言してきたという方が正しいだろう。

 

「今日、俺は漢になる!!!」

 

涼と二人、「はぁ・・・」と間の抜けた返答をする。

登校してきた他の生徒達はもはや慣れたもの、すっかり遠巻きに傍観の様相だ。

そこへ軽い足音と共に、そっくりな顔の美少女が二人、姿を現した。こちらも占研の名物ツインズの白鳥姉妹だ。

と、さっきまでの威勢は何処へやら、貢は急にもじもじしだし、それでも転がるように二人の前に飛び出して、片方の前に立ち塞がる。

 

「そ、そ、そそそそそそ空さんっ!!」

「あ、貢。おはよ。・・・ね、今、『そ』って何回言った?」

 

周りの生徒以上に挙動不審な貢になれている空は、何でもないように薄っすらと笑みを見せた。

 

「え・・・?6・・・いや、7回?・・・・・・って、そうじゃなくって!!」

「うん?なぁに?」

 

貢が真っ赤な顔で大きく深呼吸する。そして真剣な顔になって、廊下に響き渡るような声で叫んで頭を下げた。

 

「ああああの!俺と!交際を前提に、結婚して下さいっ!!!」

「無理」

「えええ〜そんなぁ」

 

一瞬で情けない顔になった貢に、空は平然と答える。

 

「だって貢、まだ18になってないじゃない」

「は?」

「法的に、まず無理。・・・あ、予鈴だ。じゃあね、また放課後」

 

手を振ると空はスカートを翻し、哀れな後輩に慈愛の眼差しを向けている海を促して自分の教室のある3階へと行ってしまった。

遠巻きに見ていたギャラリーも、やれやれといった感じでそれぞれの教室に散っていく。

 

「………寒いな」

「うん……寒いね」

 

「あああ〜間違えたぁぁ〜!!」と頭を抱えて叫ぶ貢を横目に教室に急ぎながら、二人は肩を竦めた。

ある意味彼等にとってはよくある、予想のできる展開でしかないのだ。

 

 

放課後、部活の席で轟音について二人で苦情を言ったところ、意外にも開発者の雨宮は「フム、善処しよう」などと殊勝な言葉を返してきた。

が、冬休みの間預けていたマッハ君5号が某後輩の放つ「きゅいいいいい〜ん」という間抜けな擬声音搭載の「マッハ君6SP」になって戻ってきて

蓮が真剣に自転車の買い替えを考えるようになるのは、冬休み明けの新年最初の登校日のことだった。

 

 

 

 

 

<アトガキ>

や、予想通りに落としました。年内最後の宿題だったのに・・・!(涙)

やっぱり体調が悪いとどうにもなりませんね。

風邪、だめ、ゼッタイ!風邪、カッコワルイ!

そんなこんなで、半月遅れで提出です。あぁ罰ゲームやらないと・・・(遠い目)

 

今回の宿題、ゆずるセンセと話してた時は、もっとしんみりしたのを考えてたように思うんですよ。

でも最近脳の老化が進んで、どんなネタだったのか思い出せやしない・・・!

仕方がないので、困った時の科学部頼みです(笑)