振り回されることに慣れていた。

我が侭にも気まぐれにも。

 

だから本当は

いつだって覚悟ならできていた。

 

 

さいごのよる

 

 

 

皇嗣から連絡が来なくなったのは、12月になってすぐ位だっただろうか。

料理をしていた手を止めて、蘇芳はポケットの中の携帯を見た。

毎日うるさい様にかかっていた電話も、メールもこの一ヶ月はまったくない。

皇嗣が毎月自分で設定していた専用の着メロも、もう微妙に流行遅れになっていることだろう。

そういうことに疎い自分にはよくわからないのだけど。

 

蘇芳は少し困った表情で携帯をもう一度見た。

 

「蘇芳から連絡してみたらどうかな?」

 

さっき着信したメールの締めくくりの一言。

差出人はバイトの先輩の魁都さん。

皇嗣が迎えに来なくなったことを、気にして心配してくれている優しい人だ。

もしかしたら、自分より気にしているんじゃないかと蘇芳は苦笑する。

 

急に来なくなったから、気になっていないのかと訊かれたら、答えはノー。

どうしたんだろうと思わないわけじゃない。

だけど、それが心配なのかと訊かれたら、正直微妙なところだと思う。

怪我や病気で来なくなったのなら、自分のところに連絡が来ないことはまず考えられない。

皇嗣が連絡できなくても、皇嗣の家の律儀な使用人の誰かか、幼馴染の誰かが教えてくれるだろう。

だから、皇嗣の体調というその点では心配はいらないだろうと思う。

 

ただもう一つの可能性を考えた時、少しだけ心が揺れた。

皇嗣がこの状況に飽きたのだとしたら?

幼馴染という安全で居心地のいい関係から、逸脱したことを後悔しているとしたら?

 

その可能性がないといいきれる自信が、蘇芳にはなかった。

 

 

 

その時、手にしたままの携帯が震え始めた。

白い光が皇嗣が登録した音楽に合わせて点滅している。

数回繰り返した点滅は、メールの着信を知らせて消えた。

 

蘇芳は溜め息をついた。

正直言うと、少し疲れていた。

皇嗣の気まぐれにも、それについ振り回される自分にも。

皇嗣がいつも口にするような感情は自分にもあるんだろうか?

こうやって皇嗣に付き合っているのは、本当に惰性ではないのだろうかと、ふと不安になることがある。

誰もいなくなってしまうのが怖いから、皇嗣に依存しているのではないかと。

 

慣れた手つきで液晶を確認すると、やはり送り主は皇嗣だ。

内容を確認しようとして、蘇芳はふと普段と違うボタンを押した。

それが無意識だったのか、意識的だったのかは自分でもわからない。

ただ、一つのことが頭をよぎった。

 

このメールを見なかったら、どうなるんだろう?

 

表示されている『削除しますか?』の文字。

このまま『YES』を右手の親指が押せば、皇嗣が伝えようとしたことは永遠にわからないままだ。

そんな結末も、悪くない気がした。

 

 

だが散々悩んだ挙句、蘇芳はメールを開いた。

内容がわからないままでは、やっぱりどうにも落ち着かない。

目に飛び込んできたのは賑やかなデコメール。

 

『明日の大晦日のバイト、いつものように遅番だよね?

帰り、迎えに行くから、帰らないで待っててね〜☆

 他の奴と帰ったりしたら、フェラーリでストーキングするからヨロシク(な〜んてね♪)』

 

な〜んてね♪じゃないよ・・・蘇芳は拍子抜けして苦笑してしまった。

今までのブランクなんてまるで感じさせない文章だ。

まさに連絡がなくなる前の皇嗣からのメールそのもの。

思わず昔のメールを見ただけかと、日付の確認をしてしまうほどに普通のメール。

蘇芳は知らず詰めていた息をそっと吐き出した。

携帯をポケットに戻すと、何事もなかったようにまた料理を再開する。

いくつかの感情が生まれたが、向き合うことはやめた。いつの頃からか、そうすることを覚えていた。

 

 

 

「・・・おまたせ」

「蘇芳〜!会いたかったよ〜!」

 

タックルをかけてくる皇嗣をいつものようにかわして、バイト先のファミレスを出る。

もう今年も数時間で終りだ。

ド派手な高級車は駐車場の片隅のいつもの場所に停めてある。

助手席に乗り込んでシートベルトを締めると、皇嗣がじっとこちらを見ているのに気がついた。

 

「蘇芳、少し痩せた?」

「いや、変わってないだろ?」

「・・・そう?」

 

そういう皇嗣の方が少し痩せたような気もしたけど、とりあえず口にはしなかった。

一ヶ月も顔を見なかったのが久し振りだから、そう感じただけのような気もしたのだ。

 

「なんか変わったことなかった?」

「いや、ていうか、連絡絶ってたのは皇嗣だろ?」

「うん、まぁ」

「一体何してたんだ?」

「うん、ちょっとね。それより部屋に入ろ。ケーキ預かってるんだ」

「え?誰から?」

「うちのパティシエ。今度感想聞かせてやってよ〜喜ぶから」

 

皇嗣が持ち上げた箱からはキャラメルの甘い匂いがした。

 

車は滑るように大晦日の街を走り抜けて行く。

窓の外、歩いている人の中には初詣客もいるようだ。白い息が暗い街に弾んでいるのが見える。

皇嗣が迎えに来なければ、自分もあの人達のように冷えた空気の中にいたのだろう。

ふとそんなことを思った。

 

部屋に帰りつくと、寒さに震える皇嗣をこたつに放り込んで、手早くストーブをつける。

それから小さなケトルをそのストーブに乗せた。

持ってきたケーキに合いそうな紅茶を戸棚の中から探し出す間、皇嗣は珍しく黙っていた。

蘇芳はいつもと違う様子に少し戸惑いつつも、斜め向かいに腰を下ろした。

 

「ケーキ何?」

「前に蘇芳がすごく誉めてたキャラメルアップルパイだって。いい林檎が手に入ったって、張り切って作ってたよ」

「なんか悪いな・・・でも嬉しいよ、ありがとう」

 

蘇芳は渡されたケーキの箱をあけた。

ふわりと甘酸っぱい香りがたって、自然に頬に笑みが浮かぶ。

 

「そんなの気にしなくていいんだって。

・・・それより!じゃーん!!

遅くなっちゃったけど、クリスマスプレゼントだよ〜!

よくない?よくない?俺のと色違いなんだよ〜」

 

皇嗣の腕には金色の時計が、そして差し出された箱には、銀色の腕時計が見えた。

燻された銀のフレームの中、小さな歯車が動いているのが見える。

シンプルで趣味の良い腕時計だなと蘇芳は思った。

だが、ぱっと見た限りでは高級ブランドのロゴなどは見えなくても油断はできない。

皇嗣が渡してくるものは、大抵考えられないほど高価だ。

うっかりすると家や車が買えるような値段のものを、ポイとくれそうになるから本当に油断できない。

分不相応なものならば、有無を言わさずつき返さないと・・・と、蘇芳が受け取りかねていると皇嗣が静かに話し始めた。

 

「夏だったかな、取り引きのある宝石商のところで見て、一目で気に入ったんだ。

これは絶対に蘇芳に似合う!ってね。どうしてもこの時計で蘇芳の腕を飾りたかった。

だから製作者に連絡して、クリスマスに間に合うようにペアで作ってもらったんだよ〜」

「いや、でも貰うわけには・・・」

「あのさ、これは俺が自分で働いて得た収入で買ったものなんだ。この1ヶ月の報酬」

「え?」

「この一ヶ月、俺、バイトしてた」

「ええええぇっ〜?!」

「・・・蘇芳・・・それは驚きすぎだよ〜」

 

皇嗣は苦笑していたが、蘇芳にしてみたらこれでも声を抑えた方だった。

音が通抜けのアパートじゃなく、だだっ広い皇嗣の部屋だったら、もっと大音量で叫んだんじゃないかと思う。

皇嗣がバイトなんて、想像もできない、考えられない。

どこで?どんな?質問攻めにしようとした蘇芳を、皇嗣は手で制して話を続けた。

 

「蘇芳は何かあげようとすると、すぐ遠慮するでしょ〜?

皇嗣のご両親は、俺を養うために働いていらっしゃるわけじゃないんだからってさ。

そんなのあの人達は絶対気にしないよ〜?・・・でも他ならぬ蘇芳の意見だから、尊重したい。

だから、今までは我慢してた」

「皇嗣・・・」

「蘇芳の顔色が悪くても、寒そうにしてても、忙しそうでも、それでもずっとずっと我慢してた」

 

皇嗣の声が痛いほど真剣で、遮ることを忘れて黙り込む。

 

「でも、もうそれじゃ嫌だ

それなら俺が自分で稼いだお金で、蘇芳にあげたいものをあげる。

 蘇芳と食べたいものもあるし、蘇芳と行きたい場所もある。

 俺一人じゃダメなんだよ。蘇芳が一緒じゃないと、意味がない」

 

この俺様王様な我侭皇嗣が誰かの言うことをきいて働くなんて、どれだけしんどかっただろうと思う。

嫌な思いだってしたはずだ。

投げ出したくもなったはずだ。

そんなのバイト経験豊富な自分が一番知ってる。

 

だけど皇嗣は頑張った。

どうやら・・・自分一人の為に。

 

「だから、受け取ってください。

この時計が刻むこれからの蘇芳の時間まで下さいなんて贅沢は言わないから。

俺の自己満足でもいいから、受け取って?」

 

チ・チ・チと微かな音を刻むその精緻な機械の重みに泣きそうになった。

 

「皇嗣・・・ありが」

 

お礼を全部いう前に、皇嗣に抱きつかれた。

ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる皇嗣に感じたこの暖かい気持ちを、どう表現したらいいのだろう。

とりあえず空いている左手を皇嗣の背中に回して、ポンポンと宥めるように叩いて思う。

 

あの時、メールを削除していたら、この気持ちはわからないままだった。

 

「・・・バイト、あんま無理するなよ?」

「ん?」

「・・・忙しくしてたんだろうけど、あんま連絡ないと、その・・・淋しいから」

 

口にして自覚した。そう、淋しかったのだと。

魁都さんも「蘇芳が淋しそうだ」と心配してくれていたけど、笑い飛ばしてた。

むしろ楽でいいですよなんて言って。

そんな強がりもきっと魁都さんにはわかっていたんだろう。

 

結局自分は臆病なのだと思う。

特定の誰かを特別に大切に思うことが怖い。

その誰かがいなくなってしまうのが怖い。

失うことがたまらなく怖い。

 

皇嗣は一瞬驚いたように目をシパシパさせていたけど、すぐに破顔一笑して更にぎゅうぎゅうと抱きついてくる。

細身とはいえ自分よりも大分大きい皇嗣の体重を支えきれずに後ろに倒れ込むと、額や頬、鼻先、そして唇に啄むようなキスが降ってくる。

なんだか・・・押し倒されているような気がしないでもないような・・・。

ちょっと調子に乗りすぎじゃないか?

このまま左手をグーにして、腹に一撃入れていいものかと蘇芳は少し悩んだ。

 

だけど結局、やめにした。

今日は特別な日。

世界中の沢山の人が大切な人と、新年までの刻をカウントダウンしているのだろう。

新しい年を、大切な人と迎えられることがどれだけ幸せか、俺も皇嗣もよく知っている。

 

まるめた指を伸ばして、腕を背に回して抱きしめ返すと、皇嗣は眼を丸くした。

それからすごく嬉しそうに笑う。

皇嗣の嬉しそうな笑顔を見たのは久し振りだったと今、気がついた。

微笑んでくれる顔と笑顔は微妙に違うんだと、本当に今更ながらに気がついた。

 

どこかの寺で、除夜の鐘が鳴り始める。

あの夏の日から、自分は一人きりだと思っていた。

でもそれは今日が最後だと煩悩だらけの恋人の腕の中、蘇芳は微笑んだ。

 

 

 

 

 

<アトガキ>

ふぃ〜難産だった!!!

てかこのネタ、実はクリスマス用のリメイクです(笑)

ゆずりんの11月分宿題を見たら、書きたくってウズウズしちゃったんで

このクソ忙しい年末に甘い(?)のを。

皇嗣と蘇芳は付き合ってるって設定になってます。

 

本当は全然違う話がスタンバイしてたんですけど、あまりに暗かったので断念しました。

年の最後に見た夢が、好きな相手の首を絞める夢だったって話なんですけどね、こりゃねぇなと(笑)

でもそろそろ避けられなくなりましたね、鬼百合の夏(←製作中ゲーム)ネタ・・・。

 

あ、なにはともあれ、皆様良いお年を!!


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