占星術研究会を主催している白鳥姉妹に不思議な力があるということは、帝都学園高校では有名な話。

私たちを知らない生徒はいないと思うわ。その力を信じるかどうかは別にしても。

でもね、私たちには不思議な力が確かにあるのよ。

二人それぞれ違うんだけどね。

で、その一つが、誰かと夢を共有できる力。

狙ってできるかどうかは試したことがないからわからないわ。

でも昼間に少し話しただけ触れただけの相手の夢を共有しちゃうのは、ちょっと複雑。

 

だっていやな夢を見たの。

 

 

嗚呼、なんでなんてするんでしょう?

 

 

学校の廊下を歩いてる。(ここは2階?いつもより少し視界が高い感じがするわ)

右手に鞄、左手はポケットに。見えているのは廊下の床ばかり。

ふいに視界が上向いて、人の姿を捉えた。

彼が笑顔で片手を振って、心臓がひとつ大きく跳ねるのを感じる。

急ぎ足で近寄ろうとした刹那、目の前になにか飛び出してきた。

少し小柄なシルエット。シーツを頭から被ったオバケの扮装。(カワイイ。だけどどこか不気味。だって顔がないの)

 

Trick or Treat!

 

笑みを含んだ声が響いて、手が差し出される。

何も持ってないとヒラヒラ手を振って通り過ぎようとしたら、今度は南瓜を頭にしつらえた人が道を塞ぐ。

 

Trick or Treat!

 

だから何もないって、そう言う前に次々に殖えていく異形のモノたち。

みな口々にハロウィンのあの言葉を並べ立てる。

ほんの少し苛立ちを感じていると、不意にくり抜かれた南瓜の口がスイと吊り上った。(嫌だわ。キモチ悪い)

 

「じゃあお菓子じゃなくていいよ。彼をチョウダイ?」

 

心臓が嫌な音を立てた。(イタイ)

 

「あの子をくれたら意地悪しないよ」

「だってただのトモダチなんですよね?」

「トクベツじゃないんでしょ?」

 

顔のないシーツオバケが、南瓜の被り物が、黒猫が、ミイラ男が、ドラキュラが、口々に責め立てるように言う。

 

「ねぇ貰ってもいーい?」

「俺も欲しい」

「だって彼は優しいもん」

「暖かいし」

「だって要らないんでしょ?ならいいよね」

「いいですよね?」

 

洪水のように老若男女の声が溢れてくる。(あぁもう!なんて煩いの!)

その異形の後ろで、彼は困った顔で笑ってる。

異形たちを掻き分けよう押しのけようと伸ばしかけた手は、凍りついたように動かない。

焦っているのに、何か言わないと、そう思っているのに。

彼の姿は増える異形の影でだんだんと小さくなっていく。それでも彼は静かに微笑む。

手を伸ばさないこと、否、伸ばせないことを彼は知っているのかもしれない。(イタイイタイ)

 

 

 

 

「空さ〜ん?こんなところで寝てると風邪ひきますよ〜?

っていうか、お、おお襲われます?じゃない、お、襲いますよっ!?」

 

後半やや不穏な言葉にゆるゆると目を開けると、至近距離に見慣れた後輩がいた。

…どもるくらいなら言わなきゃいいのに。声もひっくり返ってるし。

とりあえず腹に肘を一発入れておいてから、うーんと大きく伸びをすると薄暗くなった外が見えた。

 

「わ、もう夕方?」

 

広げていたノートを片付けて、鞄に押し込む。

一体何時間くらい寝ていたのかしら?そろそろ海ちゃんの文化部会も終わる頃に違いないわ。

蹲ってた後輩はすぐに起き上がって、私は少しだけガッカリ。

結構いい感じに入ったと思ったんだけど、まだ甘かったかしら。

次は手加減なしで…なんて思いながら慌しく図書室を出る。

海先輩お気をつけて、なんて図書委員の女の子の声には海ちゃんっぽい笑顔を向けておいた。

出没する場所で個人を特定するのは止めてもらいたいんだけど…こればっかりは仕方ないのかな。

確かに私たち、黙ってると同じ顔だものね。

 

 

いつものように機関銃のように喋る貢に適当に相槌を打ちながら歩いていると、靴箱のところで、大きな欠伸をする彼に会った。

あぁやっぱり貴方だったのね。この時期に屋上で昼寝は少し冷えたんじゃない?心の中で尋ねる。しかもあんな夢を見て。

少し顔色の良くない彼にほんの少し同情しかけた時、彼の横に誰かが走りこんできた。

 

「お待たせ!」

 

ニコリと笑うその人に、彼は小さく頷き返すだけ。

 

「遅くなってごめん!けど頑張って予算もぎ取ってきたぞー」

 

おどけたように笑うと下を向いて靴を履き替える人を、だけど彼は痛いほどまっすぐな目で見ていた。

でもその人が顔を上げると、彼の視線はスイと逸らされて。

二人はそのまま並んで昇降口を出て行った。

 

「うぅ寒いっ!なぁなぁコンビニで肉まん食べて帰らない?」

「…昨日も食べただろーが」

「違うよ〜昨日はピザまん!今日は肉の気分なの!」

 

楽しそうな声と面倒臭そうな声が交差して遠ざかっていく。

楽しいなら楽しいと、嬉しいなら嬉しいと態度に示せばいいのに。言葉で伝えられないならせめて。

そう思うのはきっと私だけではないと思う。他ならぬ彼自身も、多少なりとそう思ってはいるんだと思う。

だからあんな夢を見るのよね。

 

「…不器用な子…」

 

呆れて呟くと、貢が疑問符を顔に浮かべてこっちを見た。

耳聡いというかなんというか…私は小さく首を振ってなんでもないわと答える。

海ちゃんはまだ来る気配がない。

昇降口から吹き込んできた風に首を竦めると、隣で風除けになるように立っている貢に尋ねる。

 

「ねぇ、なんで貢は私たちを見間違わないの?」

「は?」

「私と海ちゃん。見間違えないよね。私たち、こんなに似てるのに」

「だだだだって、すすす好きな人は間違えられませんから!!」

 

大音量で返された言葉に、そういうもの?と私は首を傾げた。

そういうものです!と大声で太鼓判を押す貢は赤い顔ながら満面の笑みだ。

続けて何かいろいろと言っていたが、それは聞き流すことにした。

好きなら間違えない…そうなの?

 

ふとさっきの夢を思い出す。

見つけた『彼』の顔は実は見えなかったのだ。

『彼』もまたスッポリと顔を隠すマスクで仮装をしていたから。

でも誰かわかってた。

顔も見えないのに、彼が困った顔をしてるのも、泣きそうな顔で微笑むのも確かにわかった。

 

「…大事なくせに」

 

誰にも聞こえないような小さな声で呟いて溜息をつく。

取られるのが怖くてあんな夢を見るのに、手も伸ばせない。

なんで恋なんてするのかしら?あんなに痛いのに。苦しいのに。

今度彼の夢を共有するなら、もっと優しい夢がいいわと思う。

二人が幸せそうに笑ってて、心が暖かくなるような夢がいい。

じゃないと恋なんて怖くてできたもんじゃない。

 

不安定で、不確かで、不透明。

嗚呼、なんで恋なんてするんでしょう?

 

 

 

 

 

 

<アトガキ>

お久しぶりですが合言葉になりそうなせかさん…(笑)

でもそれも、ゆずりんの出稼ぎが終われば変わるはず…!その第一弾の宿題でした。

ええ、まぁ…リハビリが必要ですね!!それは痛感しました(遠い目)

今回は、帝都学園高校科学部から、脇キャラ主人公のSSをお届けしました。

誰の話かは、ゆずりんの書いた夏の宿題を見ていただけると少しわかるのではないかと…。

占研の美人双子姉妹の片割れです。ちなみに夢の主は…へたれの呼び声も高い某2年生(笑)

実は彼女達も管理人コンビには愛されていて、海市も書きたい短編がいくつか脳内に眠ってたりします。

ま、BLじゃないので、あんまり書きませんけど!(笑)

でもいつか彼女たちの恋愛模様も出していけたらいいなぁ。