その夜が最後とわかっていたなら。
夜の唄
「亘、さっきの注文どうなってる?って、お客さんが」
「ん、今できたとこ。魁都、こぼすなよ」
「りょーかい」
ウエイター姿の魁都が俺の作った(もとい温めた)料理をフロアに運ぶのをぼんやり眺めて、俺『佐々木 亘』は息をついた。
今日のバイトはこれで終了。
オーダーはこれで全部さばけた。
もうラストオーダーの時間は過ぎてるから、これ以上の注文は入らないはずだ。
さっさと厨房を片付けて、フロアを覗いてみると、俺の長年の親友兼想い人の『阿南 魁都』はまだ客の相手をしている。
このバイトをするまで知らなかったことだけど、深夜のファミレスは意外と人が多い。
レポート作成の学生に始まり、終電を逃した人や夜の仕事の人、それから最近増えたネットカフェ難民みたいな人。
とにかく呆れるくらいに多種多様。
お代わり自由のコーヒー一杯で粘る彼らの相手をしなきゃいけない魁都は、やってらんないだろうってたまに思う。
「ありがとうごさいました。またのお越しをお待ちしています」
魁都がきちんと背筋を伸ばしてお辞儀をするのを見もしないで、最後のお客が店を出る。
「阿南、おつかれさん」
「お疲れ様でした」
「阿南君、おつかれ〜」
「お疲れ様」
他の従業員にかけられる声に律儀に応えながら、魁都が俺の方に来る。
あとは着替えて帰るだけだ。
「魁都、お疲れ」
「亘もお疲れ様」
このバイトをしてて、一番好きなのはこの瞬間。
魁都がよそゆきの表情をとっぱらってふわりと笑うこの瞬間は、たぶん俺しか見られないから。
こんな些細なことで幸せを感じてる俺は健気なのか、それとも多少おかしくなってるのか、どっちなんだろう。
もう何年も抱えてる疑問だけど、未だに答えは出そうにない。
狭苦しい更衣室に二人で入って、その日あったことを話しながらの着替え。
少しかしこまったデザインの制服を普通に着こなす、女性に密かな人気のウエイターが、普通の大学生に戻るのをぼんやりと眺める。
濃い紅色をしたループタイが、魁都の指先できちんとまとめられてロッカーのフックにぶら下げられた。
血のように赤いそれが魁都の首元を彩るのを見るのは、似合うと思うし、嫌いじゃない。
だけど同時に、それが魁都の首から消えるとホッとするのも事実。
「あれ?亘、まだ着替え終わってないのか?先出てるぞ?」
「ん、わかった」
魁都が扉を閉めて外に出て、俺は更衣室に一人残った。
待っててなんて頼まなくても、いつものように魁都はそこにいるだろう。
あんまり待たすと後がうるさいかな・・・なんて思いながら、俺も着替えを開始した。
そういえばさっき魁都を包んだ服は、Tシャツもジーンズも俺の見立てだったな。
何を着たって一般人以上に着こなしてみせるくせに、そういうことにひどく無頓着な魁都。
無駄な肉のないすっきりした体格に端正な顔の魁都は、何を着せても見栄えがするから、選ぶのが逆に難しい。
だけど同時に、それが俺の楽しみにもなりつつある。
今、魁都のクローゼットの服の大多数は、俺が選んだものじゃないかな。
服、時計、靴、ベルト、帽子、アクセサリー・・・俺の選んだもので埋まっていく魁都の世界。
いつか魁都に彼女でもできてしまえば、それは簡単に崩壊するのかもしれないけど。
とりとめなく考えていたら、ドアの向こうから声が聞こえてきた。
「阿南くん!阿南くん!ねぇこの後一緒にカラオケ行かない?」
「行きましょうよぉ」
可愛らしく作られた明るい声で話しかけているのは、前から魁都にガンガンアプローチしてる女だろう。
ケバイ女は魁都の好みじゃないのに、気がつかないで擦り寄る化粧の濃い大学生。
もう一人聞こえてきてる声の主は、小太りのフリーター女だったか。
他にも魁都狙いの奴が、ここだけでも何人もいるって俺は知ってる。
「え?これから?」
「うん、この時間じゃ帰っても寝るだけでしょ?私達と一緒にカラオケで徹夜しちゃお?」
こんな風に、隙在らば魁都とよりお近づきになろうと狙ってることも。
魁都が全然気がついてなくても、俺は知ってる。
「う〜ん、ごめん。明日は大事な用事があるから、今日は帰るよ」
「え〜っ」
残念そうな女の子に、本当にすまなそうな声を出す魁都。
そうやって期待をもたせるから、女達に絡まれまくるんだって、前にも教えたんだけどな。
まぁそれが魁都のいいとこなんだろうし・・・俺がいらつく部分でもある。
このまま放っておくと、あの積極的な女達にいつならいいの?なんて言われて約束を取り付けられかねない。
そろそろ潮時かもな。
俺は何も気がつかなかったように更衣室を出た。
「よ、おまたせ」
「亘、遅いぞ」
「悪い悪い」
俺の登場に明らかにほっとしてる声の魁都に、笑みがもれる。
婦女子や老人に優しく、なんて化石みたいな固定観念持ってるくせに、あんまりあしらいが上手くない魁都。
助け舟を出してやるのが俺の役目だし、それは俺だけの特権。
『阿南くんといっつもシフト一緒なのね』とか『阿南君と毎回一緒に帰ってるのね』とか
いろいろ恨めしそうに言われるけど、そんなのどーでもいい。
魁都なら少しくらい申し訳なく思うんだろうけど、俺にはちょっとした優越感が生まれるだけだから。
「魁都、もうこんな時間だし、泊まっていけよ」
「え、やだよ」
「なんでだよ。うちの方が近いだろ?」
「だって亘、なんだかんだ言って、結局寝かしてくれないじゃん」
恨めしそうに上目遣いで俺を見る魁都。
予想を裏切らない反応をしてくれるよな、コイツ。
「魁都だっていつも楽しんでるじゃないか」
「けど、毎回気がついたら朝って不毛だろ・・・」
チラッと見たら、女の子達は見事に固まってる。
そりゃまぁこの会話じゃ、そうもなるよな。
ましてや、俺と魁都が仲良すぎるなんて勘繰ってる子達なんだから。
「じゃあ俺達もう帰るよ。二人も気をつけて帰って」
「あ、うん。・・・またね」
「おう」
優しい魁都はいつだって誰にだって愛想が良くて、今日も最後まで笑顔を振りまいて帰途についた。
「あーあーお優しいこって」
「え?なにが?」
「いや、相変わらず天然フェロモン垂れ流しだなってね」
「はぁ?亘って時々意味不明」
魁都はきょとんと目を丸くする。
これだけ男っぷりのいい奴なのに、この子供みたいな無邪気な表情はないだろう。
誰にでも懐いて、誰にでもあけっぴろげで、誰にでも優しい魁都。
少しくらい警戒なりして欲しいもんだって、よく思う。
自分を狙う人の目に、手に、声に・・・そして親友面して隣にいる俺にも。
「〜♪」
最近よくTVなんかで流れてる恋歌が、人のいない夜の商店街に流れ出す。
時々あらぬ方向にずれるけどどこか心地よい、少し掠れた聴き慣れた魁都の声。
今日は本当に機嫌がいいみたいだな。
前を歩き出した魁都を眺めて口元に笑みが浮かんだ。
夜の魁都は昼間より少しだけ開放的で、少しだけ素直だ。
夜の闇がそうさせるのか、徐々に迫り来ているであろう眠気のせいなのかわからないけど。
そんな魁都に惹かれる人間がどれだけいるか、目の前のこの綺麗なイキモノは全然理解してない。
欲して伸ばしかけた手を何度自制心で引っ込めたか、絶対にコイツは知らない。
「魁都、本当に泊まっていかないのか?」
別にやましい話じゃなくて、うちの方が近いっていうのは本当の話。
うちに泊まって、朝になって自宅に荷物を取りに行ってもいい気がするんだけど。
魁都は歌をやめて振り返る。
その表情には少しの呆れと、それからくすぐったいような笑み。
「だから〜」
「今日は徹夜でDVD観ようとか言わないって、絶対」
「それでもお前のとこ泊まると、話し込んで絶対夜更かしになるから。
明日は絶対に寝坊できないの、亘だってわかってるだろ?」
「まぁ・・・そうだけどさ」
明日はどこだかの研究所でインターンシップなんだ。
俺は大して興味ないんだけど、魁都が行くっていうから参加を決めた。
実際いきなりだったから、バイトのシフト調整とか二人してかなり苦労したんだけど。
「けど正直、家に帰っても起きられるか自信ないんだよ・・・まだ荷物作ってないから帰るけどさ」
こういう時の魁都は確信犯じゃないかって、いつも思う。
苦笑してるその表情の下では、俺の次の言葉がもう想像できてるんじゃないかって。
もし確信犯でも、結局のところ俺は同じ言葉を用意するんだろうけど。
「・・・7時半にモーニングコールするよ」
「え?マジで?すっげー助かる」
「魁都が寝坊すると、俺も遅刻じゃん」
「あーそれもそっか」
魁都は嬉しそうに屈託なく笑う。
魁都の一日の最初の声を聴くのは、魁都が最初に聞く声は俺がいいなんて思っていることを、魁都は一生知らないんだろう。
それでいい気もするし、いつかすべて話してしまいたい気もする。
その時がきてしまったとしたら、それはすべて終わってしまう時なんだろうけど。
「じゃあな、また何時間か後に。おやすみ」
「あ、魁都・・・」
声と同時に魁都の身体は角を曲がって、視界から急に消えた。
気がついたら、もうお互いの家の分岐路だったみたいだ。
俺の部屋はここをまっすぐ行ったらすぐ、魁都の家まではここを曲がってから、まだたっぷり20分歩くことになる。
自転車で送っていこうか?って訊こうと思ったのに、言いそびれた。
引き止めようとして伸ばした手が空を切る。
「ま、いっか」
まだ話したいことがあった気がした。
もう少し機嫌のいい魁都の歌を聴いていたい気がした。
だけどまた今度でいいやって。
この時、俺はそう思った。
また今度、そう思った。
凪のような夜は これが最後と わかっていたなら。
アトガキ
や、久し振りにSS書きました、海市です(マテ)
ここんとこゲームばっかり作ってたんで、やけにWordが新鮮で★(ゲームはエディタで作ってます)
今回の宿題は、新しいゲームの告知を!って話だったのに、ただ登場人物の一人が危険人物って暴露しただけなんじゃ・・・(汗)
でもこんなテンションで作ってます。
まぁ一人称は亘じゃなくて、主人公の魁都になるんですけどね。
毎度のことですが、キャラが想像してない方向に走り出して、管理人コンビは必死で追いかけてる毎日です。
つかもう、手綱をもつことも放棄してる海市です。
だけど、携帯でゆずりんとゲームの妄想をしてる時間がとっても幸せ(痛)
まだまだ完成は遠いのですが(どっちの管理人も出稼ぎが忙しい)
楽しみながら作ってますんで、気長に見守ってくださったら幸いです。