悲しい           嫌い

お前が   顔をするから、俺は雨が  なんだ。

   嬉しい           好き

 

 

 

夕立

 

 

 

「ああ〜もう!蓮が残されたりするから、こんなことになるんだよっ?!」

 

前を走る幼馴染の声に、蓮は無言のまま走るスピードを上げる。

涼の言っていることに間違いはない。

授業中、少々長く夢の世界へ招待されていた蓮に下された沙汰は、反省文レポートだった。

それを涼の手を借りて・・・否、ほぼ涼の手で完成した時には、外には黒く重い雲が垂れ込めていた。

昇降口でぱらぱらと落ちてきた雨に、雨宿りをしてから帰ろうという涼の言葉に

「だいじょーぶだろ」と言って引っ張り出したのは、誰でもない蓮だ。

頭の上に掲げている学生鞄も、中身のほとんどない蓮に比べ、涼のものは重そうに見える。

どこか雨宿りのできるところ、そう思っていると、少し後ろを走っていた涼が不意に服の袖を引いた。

振り返ると、ビルの地下駐車場を指差している。言葉を待つまでもなく、蓮はそちらに走り出した。

 

むっとした熱気は篭っているものの、駐車場は完全に雨を防いでくれた。

連の横で切らした息を整えている涼は、鞄からタオルを出して髪を拭いている。

ぺったりと張り付いた制服のシャツが、ほっそりした涼の体のラインを強調しているようで

蓮は慌てて目を逸らした。

 

「もう、だから待とうって言ったのに・・・」

 

涼の苦笑交じりの声に、蓮はもごもごと悪いと謝る。

本気で責めている声ではないものの、困っているのは確かだろう。

しかも直にやむだろうと思われた雨は、予想に反して雨脚を強くするばかりだ。

 

「・・・大丈夫か?」

 

蓮は横に立って雨を眺める涼に声をかけた。

むき出しの腕をさするような仕草を見せるのは、やはり寒いからだろう。

かといって、自分に何かできるわけではない。着せてやる服もなければ、暖をとらせる方法もないのだ。

いや・・・ないこともない?そう思いついてから、蓮はぶんぶんぶんと強く頭を振った。

銀色の髪から、しずくが飛び散る。

横では涼が唖然とした顔でみているのがわかったが、蓮はそれどころではなかった。

言えるはずがない。

 

 

 

「俺が・・・人肌で暖めてやろうか?」

 

 

 

言ってみると、魁都はきょとんとした顔をした後で爆笑した。

 

「亘、それって遭難した時に言う台詞だろ?」

 

ばしばしと背中を叩きながら笑う魁都に、亘はこっそりと安堵の表情を浮かべた。

こんなことにならないようにと、あんなに気をつけたつもりだったのに

急な夕立に、雨の中に閉じ込められてしまったことを心底後悔していたからだ。

 

バイトの帰り何気ない話からレンタルショップに寄って、気がつけば暗雲に空が覆われていて

あの時すぐにカフェにでも入ればよかったものを

早く観たいからという魁都の言葉に逆らいきれず結局はこのていたらく。

なんとかびしょ濡れになる前にこの駐車場を見つけたものの、視界一面を埋める雨に

魁都の顔色はみるみる悪くなっていっていた。

本人はどう思っているのだろうか、と亘は思う。

瞳の奥、暗い色を閉じ込めて悲しげに雨を見ている時、彼は何を思うのだろうと。

さりげなく奥の駐車スペースに誘導したが、こういう時に限って気のきいた話も出来ず

困ったと思っていたところに、飛び込んできた高校生らしい男子二人。

最初は騒々しいのならごめんだと思ったが、二人は大して騒ぎもせずにいるようだ。

魁都も二人に気がついたようで、そちらを見ている。

 

「あの子、寒そうだ」

 

魁都の視線の先には、茶色い髪の少年がいた。

言ってる魁都も少しは濡れており、先ほどまで寒そうにしていたというのに

今は少年が心配なようだ。

なんとなく気に入らなくて、視線をこちらに向けようと声をかける。

 

「魁都は寒くないのか?」

「え、あぁ、大丈夫・・・イヤ、少しだけ寒いかも」

 

魁都がはにかむように笑う。

そして冒頭の台詞に戻るのだ。

 

 

 

耳に届いた台詞に、言葉を発した本人以外の視線が集まる。

それぞれに視線に込めた意味こそ違うものの、普通なら居た堪れなくなりそうな視線にも

亘は怯むでもなく平然としていた。

そして言われた魁都も慣れたものとばかりに、大笑いで笑い飛ばす。

むしろ居た堪れない気持ちになったのは、蓮と涼だった。

 

「お、お邪魔、してます・・・」

「・・・ウス」

 

二人揃って小さく頭を下げる。

その「お邪魔」の意味もわからずに、魁都は軽快に笑うと平気だよと手を振ると近寄っていく。

雨の音が近くなる出入り口に近付くことに亘は一瞬制止の声をあげかけたが、そっと口を閉じた。

彼は強い人だから、自分よりも弱っている人が居れば、弱った自分を立て直せる。

寒そうにしているあの子は居る限り、魁都は大丈夫。

そう考えて一緒に出入り口に近寄っていく。

地面に叩きつけられた雫の飛沫が風に乗って飛んできて、4人を濡らした。

 

「急な雨だったよね〜」

「ほんとですよね。しかもなっかなか止まないし」

 

魁都が苦笑交じりに話しかけると、涼が頷く。

なにかと話を弾ませる魁都と涼に対し、近くに居るにもかかわらず亘と蓮はむっつりと外を眺めていた。

元々口下手な部分のある二人だ。

ましてや共通の話題が提供されているわけでもない。

ただそれぞれの連れが楽しそうなので、まぁいいかなど考えながらぼんやりと靴の先を眺める。

と、不意にその足元が明るくなった感じがした。

 

 

「蓮!蓮!雨上がった!」

 

明るい声が蓮を呼ぶ。顔を上げると、駐車場の外で涼が満面の笑みで立っていた。

 

「早く帰って着替えないと風邪引くよ。ほら、早く!」

 

元気に手招きする涼の笑顔に引き出されるように外に出ると、雲の切れ間から太陽が顔を出している。

この分ならそう急がなくても自然と乾きそうなものだが、口には出さない。

駐車場に残っている二人に軽く会釈すると、軽い足取りで走り出した涼を追って蓮も走り出した。

さきほどまでの、どこかしおれた様子が嘘のような涼の笑顔に

現金な奴だなと呟きつつも、蓮の表情もまた楽しそうだった。

いつだって、この幼馴染の笑顔は太陽のように蓮を幸せにしてくれるのだ。

 

 

「はぁ・・・元気だなぁ」

 

走り去っていく高校生を眺めながら亘はぼそりと呟いた。

 

「なんだよ、おっさんみたいなこと言って。さ、俺たちも帰ろうぜ?」

 

魁都は軽く笑うと、駐車場から出てこちらを振り返った。

急に顔を出した太陽が顔を照らして、魁都は目を細める。

その顔がまるで泣き出しそうに見えて、亘は口の中、誰にも聞こえないよう小さく舌打ちした。

いつまで、彼はいつまで苦しまないといけないんだろう、そこまで考えて

亘は静かに首を振った。それは今考えなくてはいけないことではない。

 

「帰ったら、俺のいちおしDVDも見せてやるからな」

 

にっと口角を上げると、魁都は可笑しそうに噴き出した。

 

「今度はどれだけ首が飛ぶんだよ?」

 

俺まで感覚麻痺しちゃいそうだよと笑う魁都に、亘も笑い返し駐車場を後にする。

自分が今したいのは、この人の顔に太陽の笑みを取り戻すことだ。

いつもいつでも、自分の願いはそこに終結する。

 

 

 

        愛す。

だから彼らは雨を

        憎む。

 

 

 

 

 

<アトガキ>

ひゃほう。ギリギリ!

第一声がこんな段階で、出来上がりの質もしれるってもんですね・・・(遠い目)

相変わらずな奴です。海市です。

最初予定していた甘めの奴が、気がついたら脳の中で消えていたミラクル!!

本当に脳ってミステリーですね(笑)

毎回言っていますが、次回こそまっとうなものを書きたいと思います。本当に。