忘れないで。

キミは闇に焦がれたらいけない。

キミは闇に魅せられてはいけない。

闇はいつだってキミを待ってるんだから。

 

ねぇボクが、キミをずっと護れたらいいのに。

 

 

月陰

 

 

 

「あぁ、散り始めたな」

 

蘇芳がリビングの前の大きな桜を見上げて微笑んだ。

この館にある、唯一季節をしめすことのできる樹。

それが柔らかなピンクの雨を降らせていて、蘇芳はそれを幸せそうに見ている。

もう何度も見てきたその景色。

隣で何度も見てきた景色だった。

 

「葉月?どうかしたか?ぼんやりして」

「ううん、別に。蘇芳は毎年名残惜しそうだなぁって思って。

 何度も言うけどさ、ずっと咲かしておくことも出来るんだよ?」

「・・・いいんだ。終わりがあるから、今が綺麗なんだから」

「そっか・・・そうだよね」

 

会話して目を合わせるのも、そう苦にならない身長差。

あれから蘇芳はずっと変わらないままで、ボクは願うままに少しずつ大きくなった。

まだ蘇芳には追いつけないけど、子ども扱いされない程度には、ボクも大人になったと思う。

 

最初は一人でいたくないだけだった。

キミが側にいたらいいと思った。

キミにボクの存在を認めてほしかった。

キミに釣り合う人になりたかった。

 

そして今は

他の誰に忘れられても、キミの記憶にだけは、残れたらいい。

 

「久し振りに桜餅でも作るか?」

「花見酒も悪くないけどね」

 

ボクが消える、その日が来ても

生意気言うなって、ボクの頭を小突く蘇芳の手の温度と柔らかさを

ずっと、覚えたままでいたい。

 

そんなことは無理なんだって、ボクにだってわかってる。

それでも、その日が、別れの日がすぐそこだっていうことも

残念だけどわかってる。

・・・ボクは最近とても満ち足りてしまっているから。

 

「ねぇ蘇芳、ボクって大悪党だよね。

 誰の気持ちも考えないで、自分の願いだけを優先する嫌な奴だよね」

 

唐突に言うと、蘇芳は少しだけ眉を顰めた。

それから、口の端を持ち上げて少しだけ笑った。

 

「それはない」

 

否定しようとするボクの言葉が紡がれる前に、少しおどけた蘇芳の声が届く。

 

「葉月は俺の友達を誰も殺さないでくれた。

それに桜餅って言っただけで材料を机に並べてくれる奴が、悪党になんかなれっこないだろ」

 

最初はボクが何か出すたびに、目を白黒させていた蘇芳。

ここはボクの心の闇が作った館、だから、思い通りになるのは当然なのにね。

そんな当たり前のことにも、キミはいつも感謝してくれた。

 

「ありがとう」

 

むしろ感謝すべきはボクだったのに。

 

「ねぇ蘇芳、今夜お花見しようよ。

 まだ綺麗だからいいじゃん?

 ね?やろうよ。最後のお花見」

「いいけど・・・葉月はいつも突然だなぁ」

 

苦笑する蘇芳だったけど、結局ボクの願いはいつだって叶えられる。

蘇芳ってつくづくお兄ちゃん気質なんだよね。

自分より弱そうな人には、絶対勝てないんだ。

そこに付け込むボクも性格悪いけど。

 

だけど

 

たぶん

これが

最期の

お願い

 

だから

 

 

 

その夜の夕食は、桜の樹の下で小さなピクニックシートを敷いて食べた。

サンドイッチと、卵焼きと、から揚げ、それからマカロニサラダ。

ブロッコリーの緑に、プチトマトの赤、それから菜の花のお浸しで黄色。

デザートには、旬のイチゴ、それからちょっと豪華にメロン、んでもちろん桜餅。

結局お酒の許可が出なかったのは残念だったけど、ご飯はいつものように満足満点。

作りながら時間がない時間がないって嘆いてたけど、十分だよ。

 

「もー無理!これ以上は食べれない!」

 

叫んで寝転んで、アレと思う。

いつもなら、行儀が悪い!ってすぐ叱られるのに。

首を巡らして見たら、蘇芳は桜の幹に耳を当てて、じっとしてた。

 

「・・・何か聞こえる?」

「あぁ、生きてる音っていうのかな?そんな音がする」

 

その表情と声に泣きたくなる。

こうして過ごした時間を忘れてほしくないと思うのは、ボクの我侭だとわかっているけど

ほんの少し、蘇芳の心にスペースを作って、そこにボクを住まわせてくれたらと思う。

 

「・・・蘇芳、写真撮ろう。今ここで、この桜の前で」

 

例のごとくポンと出てきたカメラをセルフタイマーで設置して

ボクと蘇芳は桜の前に並んだ。

肩を組んだら、蘇芳はくすぐったそうに笑って、そのままシャッターが切れる音がした。

あぁきっと、ボクら二人とも最高の笑顔だ、そう思った。

 

その時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蘇芳が目を開けると、そこは廃墟のロビーだった。

館と呼ぶことも憚られるような、朽ち果てた廃屋。

周りには、一緒に館に来た全員が、静かに寝息を立てていた。

何事もなかったかのように。

 

蘇芳は一人静かに起き上がると、ガラクタの中をなんの迷いもなく進んでいって、中庭に出る。

明るい月の下、そこにある、枯れた大きな桜の樹。

 

『蘇芳、宝探しだよ。ヒントは最後の場所』

 

その根元を傍らのガラスの破片で掘り起こすと、小箱が現れた。

蘇芳はそっとその箱を開いた。

 

『ねぇ忘れないで、ボクのこと』

 

小さな鈴がチリンと転がり出る。

最初の頃、居場所がわかるようにと葉月に手首につけられたその鈴。

いつの頃か、つけなくなっていたそれ。

その下には、桜吹雪の中、楽しそうに笑う二人の青年の写真があった。

古びてもう顔の判別も出来ないものだったが、蘇芳の指はそれを優しくなぞる。

 

「やっぱり葉月は、悪党になんか、なれなかったじゃないか」

 

写真を丁寧に箱に戻すと、ゆっくりと太い幹に寄りかかると、いつかしたように耳をつけてみた。

あの時には確かに聞こえていた生命の音は、もう聞こえない。

一輪の花もない。葉も。

周りは薄暗い森なのに、ここだけポッカリと空が開けていて

差し込む月光の明るさに目を細めると、視界がにじんだ。

哀しいと思ったわけではない。

淋しいと思ったわけでもない。

ただ、誰も傷つけることなく元に戻した葉月の優しさに涙が出た。

あんなに独りを嫌っていたのに、恐れたのに、結局、独りで旅立った人。

すぐ隣にあった最期の笑顔も、霞んだようにはっきりとは思い出せない、それでも。

 

「忘れないよ、ずっと一緒だ」

 

拾った鈴を握りこんだ右手を祈るように額に当てて、蘇芳は涙が止まるのを待った。

じきに仲間たちも目が覚める。

時が戻ってしまったから、償いもなにも終わっていない。

彼の復讐もきっとこれからだ。

だけどなにもかも、これから。

未来はまだ決定したわけじゃない。

 

 

『キミは生きるんだ。それがみんなの願いだから』

 

『ボクの願いだから』

 

蒸し暑い夏の夜なのに、まるで春の夜のような柔らかな風が吹き抜けて、蘇芳の漆黒の髪を揺らす。

そしてその風は、そのまま箱の中所在なさげに一枚あった写真を攫っていった。

 

 

「ありがとう」『ありがとう』

 

 

 

 

 

ねぇ蘇芳、楽しかったよ。

終わりがあることがわかっていたから、尚愛おしい時間だった。

優しい時間だったんだって、今わかったよ。

 

幸福ってことを教えてくれてありがとう。

いつかキミが困った時、ボクがキミを護れたらいいのにね。

 

蘇芳、元気でね。

サヨナラ大好きな人。 

 

 

 

 

えっと・・・えっと・・・言い訳するのと何も言わず逃げるのと、どっちがいいのかな・・・?

久々の更新がこんな辛気臭いのかよ!とか

この話って最初は少し早い花見の話だったんでしょ?!とか

そういう苦情や指摘は笑顔でスルーしますんでヨロシク☆(コラ)

ついでに無理やり月陰って題名にしてせかさん書房に入れたわけでもないデスヨー。

陰って「陰で支える」って意味があるんだって、だから使ったのヨー。

ホントヨーホントー。

 

でもこの話で私の中では、朱の記憶の葉月編は完結です。

実は朱のメンバーで朱みたいな探索ホラーのノベルが作りたいような、時間がないような・・・。

ネタはあるんだけどねー(廃墟萌えの最近の海市・笑)

登場人物にとってもとっても思い入れがあるので、記憶シリーズで連作に出来たらいいのにな〜って

海市独りで目論んでます(や、一人じゃ無理だろ・笑)

 

さて、次回作はいつになるんかね・・・(遠い目をしながらそっと脱出)


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