焦がれる木の葉に己を重ねた。

 

 

 

焚き火

 

 

 

 

大きな熊手で集められた木の葉が、大きな炎を形作っていた。

葉月の隣に座った蘇芳は満足そうにそれを眺めている。

葉月の手にはホットショコラ、蘇芳の手にはダージリンティーがそれぞれ湯気を立てている。

2人の膝の上には本があって、話の合間にパージが繰られる。

気がついたら、本そっちのけで話し込んでいたりもする。

それは、冬の恒例ともいえる光景になりつつあった。

 

「オーブンの具合見てくる。」

 

蘇芳が立ち上がる。

葉月はショコラのお代わりを頼むと、小さく手を振って蘇芳を見送った。

こうやって少し離れることすら、昔は怖くて仕方なかった。

いつか逃げられてしまうかもしれない。

いつか連れ帰られてしまうかもしれない。

いつも不安で仕方なかった。

それが少しずつ平気になったのは、蘇芳がそんな自分を煩がりもせず側にいてくれたから。

ここにいると何度でも約束してくれたから。

 

 

目の前を枯れ葉が遮って落ちた。

 

 

何度目の落葉なのだろう・・・葉月はふと思う。

彼が、蘇芳がここに来てからどれ程の時間が経ったのだろうと。

そっと手を炎にかざす。

かりそめのこの身体に、暖をとる理由なんてもはや何処にもないのに。

それでも律儀に庭を掃き清め、集まった木の葉で焚き火をする蘇芳を見ていると忘れていた『温もり』を思い出す気がした。

暖かさに優しさを感じていた頃を思い出せる気がした。

ここにいて『幸せ』だと感じる日が来るなんて、思ってもみなかった。

 

・・・だけどね、蘇芳。

ボクはきっとそのうち消えるかもしれない。

木の葉が燃え尽きて灰になって風に運ばれて消えるように。

ボクの中の憎しみが消えてしまったら、ボクが満ち足りてしまったら、成仏してしまうんじゃないかな。

それはそれで幸せなことだと思うよ。

だけどね、そうしたら今度は・・・キミが独りになってしまうね。

キミは強い人だから、独りで耐えていこうとするんだろう。

誰も捕らえようとしないで、誰にも知られないでこの家を見守っていくんだろう。

独りでこうやって焚き火をして、紅茶を飲んで、読書をして。

 

――― 過ちを繰り返さないように、悲しみを増やさないように、ひっそりと。

 

でも、今なら言えると思う。

キミはここから逃げていいんだよって。

でも願わくは、それはボクが消えてしまってからにして欲しい。

ボクが消えたら、蘇芳は優しいから泣いてくれるんだろう。

ボクのために、ボクのためだけに少し泣いて、それからキミはここから逃げて。

どうか、キミが幸せになれる道を探して欲しい。

今ならそれを望めるよ。

 

だけどどうか、ボクをキミの中から消さないで。

キミが覚えていてくれるなら、ボクは消えることすら怖くないから。

 

 

 

 

「葉月?」

 

目の前に差し出されたカップに蘇芳が戻ってきたことを知る。

 

「ありがとう。」

 

受け取った手が感じる温もりは偽りのもの。

心が生み出す幻想。

 

「蘇芳は・・・後悔してない?ここから出たいって思わない?」

 

何度訊いたかわからないその言葉に、蘇芳はいつも同じように答えてくれる。

 

「後悔してないよ。俺はここにいたい。」

 

穏やかな表情で蘇芳は、焼きたてのブラウニーをペーパーナフキンに包んで差し出す。

あまりに当たり前のことのように蘇芳はそう言うんだ。

 

「まだ熱いから気をつけて。

 でも、葉月は本当にチョコレート好きだよな。」

「うん。」

「そんなのばっかり食べてて、虫歯になっても知らないぞ。」

 

苦笑する蘇芳の表情が好きだ。

葉月は嬉しくて少し笑った。

火傷も虫歯も、本当はもう縁のない話。

そう言ってしまうことは出来る。

でも、こうやって心配してもらうことは嫌いじゃないから。

 

「そろそろ中に入ろう。夕飯の支度しないと。」

「ボクはもう少しここにいるね。」

「じゃあ火の始末、頼んでいいか?」

「うん。任せて。」

 

まだ沢山残っているブラウニー。

蘇芳は甘いものが好きなわけではないらしい。

ボクが好きだから作ってくれるし、一緒に食べてくれるけど。

だから、これはボクのためだけに作られたボクだけのお菓子。

こんな小さなことが、いつもボクを幸せにしてくれている。

 

キミがいてくれて良かった。

きっと、キミじゃなきゃ駄目だった。

 

 

勝手口に歩き出していた蘇芳が不意に立ち止まり振り返る。

足元の小石がジャリと小さく音を立てた。

 

「葉月、逝く時は一緒に連れて逝けよ。」

 

たった一言、世間話でもするように言って蘇芳はまた歩き出す。

 

ブラウニーに伸びていた手が震えたのに、蘇芳は気がついただろうか。

彼も気がついていたのかもしれない。

・・・その日が、そう遠くないことに。

 

 

 

 

 

木の葉が1枚、燃え盛る炎に飛び込んだ。

ゆっくりとその身を焦がす

縮れて焦がれて、小さな灰の欠片になって、木枯らしに吹かれて、消えた。

 

 

彼は独り静かに泣いていた。

 

 

 

 

 

 

今回は葉月君に出てきてもらいました・・・って隠しキャラですけどねw

好きだと言って下さった方がいたので、調子に乗ってみました(死)

なのにこんな薄暗い話ですんません!

しかも新年一発目なのに・・・(汗)

でも海市ってこんな奴です♪←開き直り

たまにはただ甘いだけのを書いてみたいと思うんですけどね〜ははは・・・。

次のお題は『明け方の月』です。

甘いのが書けたら凄いなぁ・・・←激しく他人事w

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