もしも世界がもう少し優しかったら。

もしも僕がもう少し

 

 

ったキミ片端を宙(そら)にりばめて

 

 

 

今年も幻の桜が咲く。

 

満開の桜の下、小さい僕が、少し小さい兄さんに笑いかける。

外で花見。そんなことはありえない。決して。

 

「見てよ!兄さん、すごい桜だね」

「あぁ綺麗に咲いているね」

「また来年も見にこようね!」

「もちろんだよ」

 

兄さんの笑顔に屈託はない。

未来の話をするといつも少し迷うような表情だった兄。

 

「ほらほら、二人ともそろそろご飯にしましょう?」

「早く来い。母さんのお弁当はうまいぞ」

「もう、お父さん、そんなの知ってるよ〜」

「ははは、そうだな」

 

父が豪快に笑う。母が微笑む。

だけど二人の笑顔はこんな風だっただろうか?

僕は母の手作りの巻き寿司に手を伸ばす。

その味も本当は知らないのだけど。

 

「いただきま〜す!」

「こら、瑞樹、ちゃんと手は拭いたのか?」

「拭いたよ〜」

「あ、苺は一人3個までだからね」

 

家族の会話以外、何の音も聞こえなかった。

花びらを散らす風の音も、鳥の声も、自分の鼓動の音すらも。

だからこれは幻なのだとわかっていた。

わかっていたけど、もう少しだけ見ていたかった。

 

母は綺麗な人だったけど、いつも少し淋しい顔をしていた。

父は優しい人だったけど、いつも少し疲れた顔をしていた。

 

二人の面影を、僕は蘇芳からうっすらと感じていたのかもしれない。

 

 

 

 

「へぇ見事な桜だな。満開じゃん。

UFOは見付からなかったけど、いいもの見つけちゃったよ」

 

突然の声に横を見ると、知らない男性が横に立っていた。

 

「俺もこの近くに住んでんだけど、今まで桜があることも知らなかった。

2年も見落としていたのか・・・もったいないことをしていたな」

 

話しかけてきた人は、僕より少し年上だろうか。

お洒落な感じのパーカーに、不思議な色のジャージがアンバランスだ。

足元なんか、おばさんがよく履くダイエットサンダルだし。

彼は僕の視線には気がついていないようで、体を伸ばして桜を仰ぎ見る。

 

「ホントに、なんで今まで気がつかなかったんだろ・・・」

 

呟く人に、心の中で答える。

ここにある桜は、僕の後悔が咲かせたものだからですよ、と。

現実にこの場所にあるのは、古い桜の切り株だけなのだから。

その証拠に花びらは一枚も地面に残っていない。

こんなに降り注いでいるのに。

 

ふと質問が口をついて出た。

 

「・・・貴方も何か後悔してるんですか?」

「後悔?なんで?」

「そういう人にしか見えないんですよ」

「そういうものなの?へぇ、不思議だね。

・・・どうなんだろ?心当たりないなぁ。だけど俺、いろいろ忘れちゃってるからなぁ。

ただ覚えてないだけかも。そういう君は何か後悔、してるの?」

「はい」

「そっか。忘れてるのと覚えてるの、どっちがしんどいんだろうな」

 

彼はそう言って首をかしげた。

覚えている方が辛いに決まってると言いかけて、ふと思った。

忘れないとやりきれないこと程の後悔を忘れてしまったら、それは覚えていることより辛いかもしれない。

 

「にしても綺麗だなぁ・・・」

 

その人はまた桜に目をやった。

幻の桜は、花びらを無限に散らしていた。

 

「こんなに綺麗なものの一部になれるんだったら

死体になって埋められるのも、悪くないかもしれない。

そう、思いませんか?」

 

僕の問いに、彼は即答した。

 

「え〜全然思わないよ。どんなに綺麗でも、死んじゃったら見られないじゃん」

「そう、ですか」

 

彼は迷いもなく、ただ屈託なく笑っていた。

この笑顔の下にも、なにか大きな後悔があるのだろうか。

この人も何か重荷を背負っているのだろうか。

 

「ん、冷えてきたな。俺はもう帰るけど、君は?」

「僕はもう少しここにいます」

「そっか、風邪ひかないようにな。夜はまだ冷えるから」

「えぇ」

 

彼はニッコリ笑って手を振って公園から姿を消した。

きっともう、二度と会うことはないだろう。

僕がこれまでに出会った人の中で、一番翳りの感じられない人だった。

僕らとは全く違う。光の中にいる人。

 

彼は公園から出ると、きっと夢から覚めたように周りを見回して首をかしげる。

その耳には湿った熱気の残る空気の中、どこかの花火の音が響いているだろう。

彼はもう、桜のことなど覚えていない。

もし頭の片隅を薄紅色の花びらが遮ることがあっても、何も思い出せないだろう。

 

桜に囚われる僕を残して、季節はとっくに夏だ。

何人もの人がここを訪れ、消えていくのを僕は見てきた。

だけど結局、僕は、ベンチから離れられなかった。

 

 

満開の桜は、まだ花びらを落とし続けている。

これからこの木は若葉の季節を迎えて、秋になり紅葉、冬が来て落葉、春を迎えて開花。

・・・そしてまた忌まわしい夏になる。すべてを失った夏になる。

だけど、そのサイクルを何度繰り返しても、消えるはずのない僕の罪。

 

空はどんよりと曇っていて、花の上には星も月も見えなかった。

天気予報によれば、明日の午後から雨になるそうだ。

少しひんやりした風が耳の横を通り過ぎていった。

 

ここで桜を見るのは本当は何回目?

みんなで花見をした記憶も幻?

 

呑み込まれそうなほどの桜色が、何が夢で現かわからなくさせる。

 

 

 

季節は巡ることがなくても、滑稽なほど律儀に朝はやってくる。

うっすらと明るくなる頃、静まった住宅街にリズミカルな足音が響いてきた。

 

新聞配達をする蘇芳の姿が、ふと頭に鮮やかに蘇った。

 

 

蘇芳とはいろいろな話をした。

沢山の出来事があったはずなのに、僕が蘇芳を思い出す時、浮かぶのは

最後の桜を散らす冷たい雨の中、濡れながら自転車を漕ぐ彼の姿。

それから七夕を目前に控えたあの日、あの夕方の、あの願い、あのまなざし。

 

『―-失った人達を還して欲しい』

 

痛みを抱えて、それでも前向きであろうと努力していた蘇芳。

あの時、揺らいだ気持ちそのままにキミを赦していたら、僕も救われたんだろうか。

この後悔と罪悪感は生まれずに済んだんだろうか。

 

僕が欲しかったのはなんだろう?

願いがもし一つだけ叶うなら、僕は何を願うんだろう?

 

兄がいて、蘇芳達のいない世界?

兄も蘇芳達もいる世界?

 

だけど誰にも出会わない世界があれば、僕は誰も不幸にしない、誰にも不幸にされない。

 

 

 

罪の意識で誰かの為にしか生きられなかった蘇芳。

その「誰か」のすべてを奪い取って、尚満たされず、彼の命まで奪った僕。

 

蘇芳を苦しめて苦しめて、引き裂いて打ち砕いて、それで終わると思ってた。

それが終われば、僕は開放されると思ってた。

過去と決別して生きられる気がした。

僕を家族と受け入れてくれた親切な人たちの、その心を信じられる気がした。

 

粉々に砕き、夜空に散りばめた君の欠片を眺めたら、僕は満たされるはずだった。

 

だけど満たされることなどなかった。

違う、満たされないことなど、本当はわかっていた。

だけど止まれなかった。

 

キミとの優しい関係。

兄との静かな約束。

 

 

 

嗚呼、引き裂かれたのは、キミではなくて、僕だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

<アトガキ>

暗い話=瑞樹という構図が出来上がりつつあるせかさんです☆

っていうか、桜で暗い話となると瑞樹なのかな。

この話もゲームの瑞樹皆殺しルートからの派生です。

毎回、ゲームをやってない人にはさっぱりわからない話でごめんなさい。

しかも話もなんか似てます(笑)

他のキャラでも書いてみたい気がしますが、それはまたの機会に。

実は御題をゆずりんに貰ったのが春先、そして書きあがったのはギリギリ桜の残る頃でした・・・。

季節がおかしいのは、そういう理由です。

で、初夏になって必至で手直しした結果がこれです。これ=駄作。

ゆずりんが必死に頑張ってたころに、相方がこの程度しかやってなかったなんて・・・!

いろいろ申し訳ない気持ちでいっぱいです。