これは、或るドラゴンのお話。
だから僕らは旅をする 〜序章〜
その時代、まだ光と闇はまだ均衡を保ち、人と魔はお互いに影響を及ぼしつつも基本的には共存していました。
人と魔と友人になることもあれば、人と魔が助け合うこともありました。
属する世界こそ違え、排除する対象とはどちらも思っていなかったのです。
その頃ドラゴンは、人間の「騎士」と呼ばれる階級の人々によって、使役される立場にありました。
美しい銀のうろこをもつそのドラゴンもある一人の騎士の従え、街に出てきて悪事を行った魔の討伐や、盗賊退治に大いに力を奮っていました。
ドラゴンは主人となったものに忠実で、賢く、またとても強い力を持っていました。
それゆえ人間は、ドラゴンを最良のパートナーとすると共に、恐れてもいたのです。
ある日、騎士から離れて森を散歩していた銀色のドラゴンは、小さな子供に会いました。
真っ黒な瞳に真っ黒な髪のその少年は、ドラゴンの大きな体を見ても驚きません。
それどころか近寄ってきて、そのウロコを興味深そうに撫でてみてすらいるのです。
ドラゴンは驚きながらしばらく撫でられていましたが、ためらいながら少年に声をかけました。
「君は僕が怖くないの?」
そう、銀のドラゴンは人の言葉で話すことができたのです。
少年はきょとんと上を見上げて目を合わせると、小さく頷きました。
「だってキレイだもん」
少年の言葉にドラゴンは嬉しくなりました。
少し話がしたくなりました。
それを少年に伝えると、少年は困ったように首を振ります。
「だって、僕、首が疲れちゃう」
誰かと話すときは、ちゃんと目を合わせないといけないんだよ、そう言い募る少年に銀のドラゴンは微笑みました。
そう、微笑んだのです。
優しそうな人間の青年の姿になって。
少年と銀のドラゴンは、それから時々待ち合わせて話をするようになりました。
ドラゴンは騎士の都合で長く留守にすることがあったし、少年も普段は外に出ることを禁じられているらしく、会えるのは本当に僅かな時間でした。
だけど二人はその時間を大事に仲良く過ごしました。
少年は銀のドラゴンに自分の知らない世界の話をせがみ、ドラゴンも惜しみなく少年にすべてを教えました。
少年が武器の扱いを覚えたいといえば、ドラゴンは時間の許す限り稽古に付き合ってやりました。
何年も、何年も。
彼等が仲良くなっていくのに反比例するように、人間と魔は次第に距離を置くようになりました。
協力することによってお互いの数が増え続け、住むところがどちらも手狭になってしまったのです。
あとはもう、相手の住む世界を奪うしか方法がありませんでした。
人と魔はもう友達ではありません。
敵になってしまったのです。
ドラゴンは元々魔でした。
ですから本当ならば魔の味方になって、人を攻撃しなくてはなりません。
しかしドラゴン達は、一度主人と決めた人を裏切ることを好みませんでした。
ドラゴン達は、他の魔達に裏切り者と誹られながら、それでも人のために戦っていました。
それが彼等の誇りだったのです。
仲間と戦うことはとても悲しいと思いながら、それでも彼等は戦う道を選びました。
ドラゴン達の力は、他の魔に比べても格別に強く、魔達は少しずつ勢力を失っていきました。
そして、ついに人間達は最後の砦である、魔王の城をドラゴンの軍勢によって攻め落とす計画を立てました。
その先鋒に立つのは、最も強大なドラゴンである銀のドラゴンとその騎士でした。
大きな軍勢で攻め込んだ人の軍隊は、魔王の城に着いて拍子抜けしました。
魔王の大きな城には、ほとんど魔は残っていませんでした。
それでも魔王の首を取って帰るのが騎士とドラゴンの役目。
略奪を始めた仲間を背に、騎士は奥へと進みます。
噂に聞いていたおどろおどろしさとは正反対の、清潔で小奇麗な部屋や回廊をいくつも越えて、その先の先にあったのは大きな広間。
その先に、はっきりとわかる大きな魔の気配。
騎士はそこに銀のドラゴンを連れて行きませんでした。
元々魔であったドラゴンに、その王を殺させるのは酷だと考えたのです。
ドラゴンは騎士の言葉に従って、隣の小部屋に移動しました。
王の控え室と思われるそこには、中睦まじい家族の肖像画がかかり、可憐な野の花が小さな一輪挿しに挿してあります。
何気なくその肖像画に近付いた時、ドラゴンは何かの気配を感じました。
「そこだ!」
銀のドラゴンはカーテンの影に向かって火炎を吹きかけました。
ブレスはそこに隠れていた何者かに命中し、小さな悲鳴が上がります。
炎の残る肩を押さえてよろめいて、小さな黒い影が蹲りました。
「え・・・」
ドラゴンは思わず小さく声をあげました。
そこに蹲っていたのは、紛れもなく、銀のドラゴンの小さな友達でした。
ドラゴンは慌てて少年の肩の火を消し、早く城から逃げて手当てを受けるように少年に言いました。
しかし少年はなかなかうんと言いません。
仕方なく銀のドラゴンは、その子を騎士のところに連れて行くことにしました。
騎士は治癒の魔法も知っていますし子供が大好きです、きっと助けてくれると思って急ぎました。
騎士はちょうど、広間から出てきたところでした。
手にした二つの包みが何か想像できたドラゴンは少し悲しい気持ちになりましたが、今はそれより優先することがあります。
少年をそっと押し出し、騎士に治癒を促します。
しかし、騎士は少年を見るや否や素早く剣を抜きました。
ドラゴンがつれて飛ばなければ、一瞬で少年は切り殺されていたでしょう。
少年を抱えて、驚きで目を見張るドラゴンに、騎士は尚も言います。
「そいつをこちらに。・・・生かしておくわけにいかない」
銀のドラゴンは大きく首を振りました。
生まれて初めて主人と決めた人に逆らって、それでもこの子だけは守りたいと。
それでも騎士は少年を渡せと言って聞きません。
銀のドラゴンを殺してでも、その子供は殺さなくてはならないとまで言うのです。
どうしてたった一人、子供を見逃すこともできないのか。
銀のドラゴンは激怒しました。
それから、人に絶望しました。
これまで主人だった騎士も、もう信用できませんでした。
そして銀のドラゴンはその生まれて初めての感情の赴くままに、火を吹き尾を振り回し破壊しました。
人間も、仲間のドラゴンも関係なく。
腕の中の子供の敵となる総てを、破壊しようとしました。
大好きなたった一人のために。
銀のドラゴンを使役していた騎士は、必死でドラゴンを制止しました。
しかし、ドラゴンの怒りは収まりません。
騎士は城に急いで戻ると、皇王とお后に事態を報告しました。
皇王とお后はすぐにドラゴンをどうするか相談を始めました。
殺してしまおうにも、銀のドラゴンを倒せるほどの力を持つものはなかなかいません。
しかし放っておいては、国が滅ぼされてしまいます。
皇王とお后は国一番の知識を持つ魔術師の提言に従って、銀のドラゴンを半永久的に封じ込めることに決めました。
魔術師は4つの呪いを銀のドラゴンに使いました。
ひとつは魂を封じ込める呪い。
封じ込められた魂は、小さな蒼い宝石になり騎士に渡されました。
ふたつめとみっつめは封じ込める呪い。
大きいドラゴンの体を人間の形に留めておくための呪いと、その体を建物の中から出られなくする呪いです。
この呪いをかけるために魔術師は、自分の体に大きな二つの魔方陣を背負うことになりました。
3つの呪いは強力でしたが、欠点がありました。
それは、魂を封じた宝石は、銀のドラゴンに触れてしまえば呪いを解かれドラゴンの中に戻ってしまうこと。
魔方陣は持ち主が死んでしまうと呪いが解けてしまうので、力のある魔術師が受け継いでいかなくてはならないこと。
宝石と魔方陣はこれから先、何があっても守らなくてはならないのです。
そして最後に、ドラゴンを滅ぼす呪い。
しかしそれは、結局完成することはありませんでした。
理論上可能であるというだけで、その呪いをかけられるだけの力が魔術師には残っておらず、また必要な材料もなかったのです。
その呪いは、後世いつか完成できるようにと巻物に記され、王立図書館の貴重本室の奥に大切にしまわれました。
呪いはドラゴンが疲れを見せた頃に発動されました。
ドラゴンは自分に襲い掛かるそれに気がついて、大きな声で叫びました。
「逃げるんだ!君だけは無事に逃げて・・・必ず奴等に復讐を・・・!」
その咆哮は国中に響き渡り、人々を振るいあがらせました。
しかしこうして銀のドラゴンは、国の外れ、深い森の奥の奥にある大きな塔に封じられたのです。
それからずっと誰も訪れることのなかった塔の前に、ある日一人の少年が現れました。
それは少し背の伸びた、あの日に銀のドラゴンが救った少年でした。
被っていた大きなフードを払い塔を見上げる顔は、少し大人びて、毅然として見えます。
「ごめんね。でもいつかきっと俺がここから出してあげるから」
少年はその塔に閉じ込められた200年越しの友人にしばし別れを告げると、ゆっくりと歩き出しました。
両の金の瞳に強い意志を秘めて。
王都にいる王と魔術師と騎士の末裔を、その手で殺すために。
END
*イイワケ兼アトガキ*
ああ〜完全に見切り発車だ〜〜〜〜と叫びながら、とりあえず書き始めちゃいました・・・。
なんか少しファンタジーな気分だったんですよ(笑)
元々海市はゲームとか好きな人間なので。
これからちまちま書いていこうと思います。
またビョーキだよ・・・とか思うような暗い話もあるかと思いますが、基本ギャグの予定なので
のんびりお付き合いいただけたら幸いです。
次回作は・・・次回作は・・・グウ。